なぜ私は、一つ注意されるだけでこんなに苦しいの?:小さな指摘が「全部の否定」に聞こえてしまう時
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こんにちは。
心理カウンセラーPocheです。
「ここ、間違ってるよ」
「なんでそんなことしたの?」
「次からは気をつけてね」
そんな「小さな注意」に、胸がぎゅっとしてしまうことはありませんか?
小さなただ一か所を指摘されたはずなのに、心の中では『全部を否定された』くらいのダメージを感じてしまうことがあります。
すると、「どうせ私は…」「またダメだった」「私は仕事ができない」「人としてダメなんだ」と、落ち込みや自己否定が強くなります。
「もう何もしたくない」「やっても無駄だ」と、動けなくなることもあります。
反対に、「なんであんな言い方するの!?」と、怒りがこみ上げてくることもあるかもしれません。
「みんなの前で言わなくてもいいのに」と、恥ずかしさや悔しさでいっぱいになったり、頭が真っ白になったり、焦ってまたミスをしてしまったり…
「それほど重大な失敗ではない」のに、心の中ではとても大きな出来事になってしまうことがあるのです。
1つの注意が「自分への否定」に聞こえる時

本当は、相手が伝えたかったのは
「ここを直してほしい」
という一点だけだったのかもしれません。
「次から気をつけてね」「もっとこうした方が楽だよ」という、あなたを思っての言葉だった可能性もあります。
でも、それでも心が深く傷つくことがあります。
相手に悪気があったかどうかに関係なく、こちらが「傷ついてしまう」ことは、決してめずらしくありません。
心の中では「注意された」という今の出来事よりも、
「また否定された」という感覚のほうが強くなってしまうことがあるのです。
今の一言だけで苦しいというより、その一言をきっかけに「これまでの痛み」まで一緒によみがえっているのだと思います。
背景にある「過去の痛み」
こういう時、心の奥では 「指摘された」ではなく「否定された」 と受け取ってしまっていることがあります。
原因はいろいろありますが、
過去に
「自分そのものを否定された」
ような経験が重なっていると、このような反応が起きやすいです。
たとえば、次のような言葉や経験です。
「なんでそんなこともできないの?」
「あなたって本当にダメね」
「また失敗したの?」
「だからあなたは…」
そんな言葉を子どもの頃から何度も向けられると、「できない私は愛されない」「間違える私はダメだ」 という感覚が残りやすいのです。
すると大人になってからも、小さな指摘を受けた時に、脳が自動的に 「また否定された」 と受け取ってしまいます。
本当は、「ここを気をつけてね」 というだけの話だったのに、心の中では 「私はダメなんだ!」とまで、大きくなってしまうこともあります。
でもそれは、今のあなたの何かがダメだからではなく、これまでに受けてきた痛みの記憶が反応しているのかもしれません。
ミスをしたことと価値は別のもの
ここで少しだけ思い出してほしいことがあります。
ミスをしたことと、あなたの価値は別のもの、ということです。
間違えたことは事実かもしれません。
だけど、どんな人でもミスをします。
そしてそれは、 「あなたの全部がダメ」 という意味ではありません。
注意されたことと、あなたの存在そのものは、同じではないのです。
けれど…
過去に何度も『ミス=自分の否定』として受け取らざるを得なかった人ほど、頭では分かっていても、心がそこに追いつきません。
だから、すぐにそう思えなくても大丈夫です。
今はただ、 「私は今、全部を否定されたように感じているんだな」 と気づいてあげるだけでも十分です。
ひとりで抱えなくていい
小さな指摘で大きく傷ついてしまう苦しさは、周りからは見えにくいことがあります。
「そんなことで?」 「気にしすぎだよ」 と言われて、さらに苦しくなってしまう人もいます。
でも、あなたの中ではちゃんと痛いのですよね。
そしてその痛みには、理由があるのだと思います。
もし今、 「また全部を否定された気がした」 「頭ではわかっているのに、どうしても苦しい」 そんなふうに感じているなら…
ひとりで抱えこまずに、一緒に整理してみませんか?
うまく話せなくても大丈夫。
まとまっていなくても大丈夫です。
「また否定された気がした」という、 その気持ちからでも十分伝わります。
ひとつ指摘されただけで、全部を否定されたように感じてしまうあなたが、悪いわけではありません。
これから少しずつ、 「注意や指摘」と「あなたの価値」を分けて受け止められる時間が増えていきますように。
そのお手伝いができたら嬉しいです。


